日記

鼻血ボンバーって

 

最近見たドラマの中で、ヒロインが「もう私は意地悪をしないと決めた」的なことを言っていて、ここ数日これについてぼんやり考えていた。海外のドラマなので彼女の口から直接「意地悪」という言葉が出たわけではなく、字幕でね。まあでもおおよそ同じ意味だと思います。

で、この「意地悪」が示す内容というのは「好きな人に対してわざと連絡の返事をもたつかせたり、会いたいのに断ったり、といったいわゆるツンデレ的なことをもう私はしない、もう私は大人だからそんなつまらない意地悪を好きな人にはしない、話したいなら話す、会いたいなら会う、そう決めたんだ私は」と、このような感じでした。

意地悪、意地が悪い、と書いて意地悪、なるほど、恋の駆け引きというのは意地の悪いことをやってると捉えることもできてしまうのか…と、これは小さな発見。ただ私は彼女が例のセリフを言った瞬間、ドラマの先行きが明らかに分かってしまい、これには少しばかり興醒めした。というのも、わざと連絡を取らなかったり、わざと断ったりするのは、もちろん彼女にとっては意地の悪いことに違いないんだろうけど、でもそれさ、相手は?それって相手も自分のことを好いてる前提の話であって、相手が自分に対してそんな気持ちが一切ないとするならば、即レスではないが返事は来る、断られることもあれど毎回ではない、こういうのってなかなか気楽な関係で良いではないか。そのセリフがやってくるまで、ヒロインが想いを寄せてる相手はかなりぶっきらぼう、何考えてるのかさっぱり分からないミステリアス系だったのに、なんだ、好きなんじゃん!この二人いい感じなんじゃん!となってしまって、なんだか。

 

最近、久しぶりに山芋を食べた。

山芋ってのは、あのとろりと粘性を持った真っ白のおいも、おろし器やすり鉢を使ってガーっとやってとろろにして、ご飯に盛っていただきます、のやつです。最近まで海外にいた私は実に3年ぶりの山芋に少々興奮し、んまいんまいとお茶碗ごと頬張っていたら、父親が「お前は自然薯を知っているか」と真剣な面持ちで話を始めるので、すみません知りません…と恐る恐る答えたところ、自然薯を知らないで山芋で喜ぶなんて可哀想な人生だ、と呆れられ、そんなんでよう今まで生きてこれたな、とまで言われ、泣かされそうになる一歩手前、自然薯がいかに素晴らしいものであるかについて長々と説かれる空気へと変わっていったので一安心。

聞くところによると、自然薯は山芋の類に入るものの、その粘性たるやとろろにしてしまえば皿ごとくっついて箸が離れんほどのもので、今私が食べている山芋なんぞ比べ物にならない、自然薯というのは、もうあれは餅、芋やなくて餅、だそうで、「それなら餅でええんとちゃいますか父上」と言ってみれば、自然薯というものは信じられないほど豊富な栄養を蓄えており、それがあまりにドカッとやってくるので食べると鼻血が噴出する騒ぎにもなるそうで、その栄養価をしてものすごく高級な食材らしい。

食べると鼻血が約束されてる芋…。ものすごい興味が湧いた私は、そんじょそこらのスーパーでは売ってないと言うんで、ちょっとええとこに、関西人には高級も高級でおなじみの高島屋、ふだん足を踏み入れることのない高島屋にまで行って探してみたけど、お目にかかれず。

私は自然薯で鼻血が出るとするなら、マジでその速さ、鼻血が出るまでの速さは結構いい線いくんじゃないかと確信してます。というのも、私は鼻血がすんごく出やすい体質というかそういう構造をした鼻の持ち主であり、これは鼻の中の血管が通常の人より遥か表面に位置する等々が関係してるらしいんですが、この鼻によってもたらされた苦い思い出は多数、本当に多数、数え切れへんほどあって、小学校の給食の時間、これからみんなで食べるホワイトシチューの大きな鍋に鮮血がぽたりぽたりと落ちていく様子は今も目に焼き付いて離れない。なにこれ?どっから?と冷静になってみれば、自分の鼻からやった。1年生から6年生までの全部の教室を回って、ちょっとずつシチュー分けてもらって、さすがにあの時の自分には同情せざるを得んです。試験中に解答用紙を血まみれにし、新しい紙に書き写してくださいと試験官にげっそりされるなんてのは日常茶飯事。なんかすごい興奮しながら試験受けてたみたいでめっちゃ恥ずかしい。やばい受験生。鼻血というのはこれ深夜問わずススーッと予告なく出てくるもので、血が噴出する前からそれを察知する能力も身に付いた。そのような夜は、夢と現実が鼻血の噴出によってゆるく結ばれる感じが変に心地よくて、これ経験済みの方なら分かってくれると思うんですけど、悪くないよね。

もう自分ではどうにもならんと病院に相談。なんとかなるものなんでしょうか、これは、治るんでしょうかいつか。治らんこともないよ。えっ、これは治るものなんですか先生。医師としては鼻の中の血管を焼くことをおすすめしたいが、血管を焼き殺すというのは物凄い痛みを伴う行為には違いないので、それ相応の覚悟が必要であるという話の方に、そっちの方になぜか私は引き寄せられ、夢中になり、あんなに悩んだ鼻血から解放されるというのにその一瞬の痛みの方に巨大な恐怖を覚え、今後の鼻の方針についてその場では決め切れず、帰って少しばかり考えたのち、私は私の鼻を全面で受け入れることにした。これはマインドの問題、この鼻と共に生きていくんや、と決心しまして今に至ります。で、鼻血はいつの間にかあまり出なくなった。最近は月一くらい。共鳴?

鼻血の話を始めると思い出話は止まらんというわけで、そうそう、私が言いたかったんは小4の時シチューに鼻血混入させて、もうどうしていいんか分からんくなって泣きながら逃げるように保健室へ、両方の穴から出てたんで白い綿をどっちの穴にもグイグイ突っ込まれ、涙と血でどえらい顔になってるところにわざわざノックして入ってきたんはケンタくんやった。いつも物静かで親切なケンタくん。彼は私に「鼻血ボンバー!!」と今まで聞いたことのないボリュームで一言叫び、やりきったって顔で出ていった。あれ、意地悪やったんかな。

 

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ABOUT ME
ゆきみん
「自分を仕事にするヒント」をコンセプトに「自分らしく働く・関わる・生きる方法」を発信。YouTube登録者数3万人。「もしもアフィリエイト」ダイヤモンドランク、その他ASP2社で同等成果継続中。Voicyパーソナリティ。