プロフィール

ゆきみん

ゆきみんがネットで活動を始めた経緯

ゆきみん
ゆきみん
こんにちは、ゆきみんです!

大阪大学外国語学部卒業。
2015年に新卒で国内の大手メーカーに就職。
4年間勤務したのち退職しました。

2020年現在、YouTubeやブログで収入を得ながら、ポーランドの郊外で慎ましく暮らしています。

20代前半まで、「親のために」を軸に生きてきた

ゆきみん大学の卒業式。この頃は希望に溢れてました。

大学を卒業し、国内の大手メーカーに就職しました。
老若男女、誰もが知っている会社です。

内定通知をもらった時は、嬉しくて泣きながら親に連絡しました。

家族はもちろん、親戚やご近所の皆さんまでが喜んでくれ(若者が少ない田舎なのでよけいに)、私自身「よくこの会社に入れたなあ」とすら思っていました。

ただ、当時の私は自分自身のためではなく、「親のため」の進路を選んでいたんです。

 

私の家庭は決して裕福ではありません。
親に立派な学歴があるわけでもありません。

親はただただ子どもに将来苦労をさせないため、ひたすら毎日朝から晩まで働いて、勉強する環境を与えてくれました。

そんな親の背中を見ていた私は

「いい大学に入って」
「いい会社に入って」
「親を安心させる」

これが人生の使命だと確信していました。

幼い頃から何に関しても「ただ親のために」という価値観を軸に動いていた私。
その価値観の誤りに気付いたのは、入社式当日でした。

入社式当日「自分は会社に向いてない」と悟る

ゆきみん新入社員研修のとき。自分らしくない笑顔だなあと思います。

慣れないスーツに身を包んで迎えた入社式当日。

名刺交換の練習から電話応対の練習、愛社精神を叩き込まれながら、私が考えていたことはただ一つ。

「どうやったら1日でも早く会社を辞められるだろうか」

ということでした。

 

「自分は会社に向いてない」というのを肌で感じたんだと思います。

内向的な性格、これといった特技もない、ただ勉強しかしてこなかった(それすら形になっていない)。

そんな自分が、こんな大きな会社に入るなんて間違っていた。
一刻も早くここを抜け出したい。

その日から4年間、自分自身との戦いが始まりました。

向いてないのに、すぐに会社を辞めなかった理由

ゆきみん3年目の頃。人として尊敬できる先輩とも出会えました。

初日から辞めたいと思ったのにも関わらず、私は会社をすぐには辞めませんでした。

1つ目の理由は、「理不尽さを学ぶため」です。

皆さんご存知の通り、生きていると毎日理不尽なことの連続ですよね。
会社を辞めたところで、それが無くなることはありません。
さすがに新入社員当時の私も分かっていました。

もちろん会社を辞めて新たな場所で苦労を味わうのもひとつです。
でも、いわゆるレールにガッツリ乗って生きてきた私に新たな場所を探せる能力は無く、またそれをするだけの自信すらありませんでした。

それなら、たった今目の前に用意されている理不尽さに徹底的に立ち向かってみようと思ったんです。

2つ目の理由は、「会社の良いところを認めるため」です。

昨今、若者を中心に「会社なんて」と言う人の数はどんどん増えてきていますよね。

ただ、私はこれは少し違うかな、と思うんです。

確かに会社で働きにくい、会社が合っていない人がいるのは事実。

ただその一方で、同年代の中にも、勤め先の会社に誇りを持ち、イキイキと働いている人もたくさんいます。

 

正直、新入社員研修中に隣で目をキラキラ輝かせる同期を見て、

「どうして?どうしてそんな夢と希望でいっぱいなの!?」

と思っていました。私にはまったく理解できない、と。

でも、だからといって彼らをバカにしたり下に見たりするのって、絶対的に間違っていますよね。

こうした理由から、

「私が会社を辞められるのは、理不尽さと向き合い、かつ会社の良さを認めた時だ」

と考えました。

「とにかく今の場所から逃げずに、少し頑張ってみよう」
「会社が楽しいと思える日が来たら、それが本当の辞め時なんだ」

そう自分に言い聞かせました。

また、同じ会社で働く優秀な先輩や同期の存在も大きかったです。

「今辞めれば、この方達から学べることを全て捨てることになる」

と思ったことも大きな理由です。

トイレで泣いてばかりの会社員時代

ゆきみん大阪の田舎から出てきたので、東京に馴染むのにも時間がかかりました。

会社員時代は、正直本当に毎日辛かったです。
心から楽しいと思ったことは一度もありません。

理不尽さに出会うたびに、よくトイレで泣いていました。

会議で一言発言するだけでも前日から緊張し、毎朝お腹が痛くなりました。

電話を取るだけで精一杯で、相手の名前すら聞き取れず、周囲に迷惑を掛けてばかり。

昼休みさえ雑談することに緊張してしまい、ごはんの味が全くしませんでした。

しょっちゅうネットで「会社  辞めたい」と検索しては、同じような悩みを持っている人を見つけて安心する日々。

もちろん経験豊富な先輩や同僚と仕事をすることで、瞬間瞬間の楽しさはあったし、
自分が関わった仕事が世に出る時はさすがに嬉しかったです。
都度、親に報告もしていました。

会社自体はいわゆるホワイト企業で、何も申し分ない環境だったと思います。

 

それでも私が辛かったのは、

「自分らしく働く」

ことができていなかったから。

上司の顔色を伺ってビクビク仕事をするのは、私らしい働き方ではない。
意味のない雑談会議をするのは、私らしい働き方ではない。
緊張して言いたいことが言えないなんて、私らしい働き方ではない。

辛いと思いながらも、
「どう頑張れば自分らしく働ける日が来るんだろう」
と考える日々が続きました。

4年後、会社で楽しく働けるようになった

最終日、お世話になった方々へ手紙を渡しました。

私が会社を辞める決心ができたのは、なにか大きなきっかけがあったわけではありません。

「理不尽さを学ぶ」
「会社の良さを認める」

ということをひたすら続けていくうちに、その日は自然にやってきました。

だから、辞める決心をした頃には会社を楽しめるようになっていたし、理不尽さにもある程度慣れてきて、自分なりの対処法も身に付けていました。

上司や同僚との関係も良く、活躍の場も広げてもらい、会社員としてこの上ない環境。
会社を辞めた時が、私の中で絶好調に会社が楽しかった時なんです。

 

それなら会社で働き続けてもよかったのでは?

というご意見もいただきそうですが、私が一番大事にしたい、

「自分らしく働く」

ということが、会社ではとうとう実現できなかったんです。

会社は個人ではなく組織で働く場所。
協力して一つのものを作り上げることに長けている人が輝ける場所なんです。

良くも悪くも私はこうした働き方に向いておらず、会社は自分らしく働ける場所ではないと分かりました。
だから、会社での経験を活かして、自分らしく働ける場所を自分で作ろうと思いました。

ハッキリ言えるのは、「会社は悪くない」ということ。
会社でだって、自分らしく働ける人はたくさんいます。

ただ、向き不向きの問題なんです。

これが分かっただけでも、4年間勤め続けた意味があったと確信しています。

会社を辞めてからも「働き方」について発信し続ける理由

ゆきみん「休むのは悪くない」「休むのだって技術がいる」。視聴者さんに繰り返しお話していることです。

4年間毎日辛い、嫌だ、と悩みながら考えていたのは、

「きっと同じように悩んでいる人がたくさんいる」

ということでした。

会社という場所が合っていないだけなのに、「自分がダメだから上手く働けないんだ」と思っている方がたくさんいるのではないか?

当時の私と同じように悩んでいる方に、ちょっとでも良い方向に向くきっかけになる考え方を発信したい。

そして、自分らしく働ける人を一人でも増やしたい。

会社を辞めた後も、YouTubeやブログで働き方について話し続けている理由はここにあります。

 

私には、心の中でずっと語りかけている方がいます。

私の入社年と同じ2015年、とある会社に入社した同年代の女性が、会社での理不尽さに耐え切れず自ら命を絶ちました。
仕事の関係上その会社に出入りすることもあったので、当時は大変衝撃を受け、悲しみや怒りと共に、「このようなことが起きてはならない、私も何か動かなければ」と思いました。

 

ところが世間はそう簡単に変わりません。
会社も社会も「働き方改革」という形だけの「プロモーション」をして自己満足しています。

結局、会社や社会が変わるのを待つのではなく、自分自身が変わるしか方法はないんです。
会社や社会が「働き方改革」してくれるのを待つのではなく、自分で改革を起こさなければいけない。

会社で悩んだ経験を元に発信すれば、誰かの働き方を変えるきっかけになるのではないか?

それが結果、社会を変えていく一助になるとしたら、それこそが本当に私がやりたいことだと思うようになりました。

で、どうして今ポーランドに住んでるの?

海外でおにぎり大切な仲間もできました。

自分らしく働くための場所

会社を辞めた私は、今までやりたかった

「自分らしく働く」

を徹底的に追求することにしました。

自分らしく働くためには、まず環境が大切。

ということで退職後すぐ、以前から興味があったポーランドに向かいました。

「どうしてポーランド?」

とよくご質問いただくのですが、理由は自分でもよく分からないんです。
なぜか心惹かれるものがあり、呼ばれるようにポーランドに赴き、1ヶ月間の1人旅をしました。

そしてその1人旅の最終日、ビザの申請書の準備をして、再びポーランドに来るための航空券を取ったんです。
ここは今考えても不思議なのですが、すごく反射的に行動しました。

「ポーランドのここが好き」というところは特にありません。笑

ムスッとした表情で歩いている方が多いのに、どこかホッとさせてくれる国です。
(自分と似てるからかな?笑)

今は何して生きてるの?

ポーランドは親日か?仲良くなった日本大好きっ子たち。

現在、YouTubeやブログで収入を得ながら、ポーランドの郊外で慎ましく暮らしています。

そして働き方だけでなく、ポーランドに関係する動画や情報も発信しています。

ポーランドのことを発信するのは、「日本でのポーランド人気を高めたい」とか、「日本とポーランドを繋げたい」とか、そんな大それた理由ではありません。

もちろん、「レールを外れた私を迎えてくれた国に、ほんの少しでも恩返しがしたい」という気持ちもあります。

でも、何より一番大切な理由は、

「いわゆるレールを外れたって、人はどこでだって自分らしく生きていけると証明したい」

からです。

 

私は本当に凡人です。
特にこれといった能力もありません。
会社でも劣等生で、いつも同期に引け目を感じていました。

だからこそ、私をひとつの実験台として見ていただけたらな、と思っているんです。

「ゆきみんができるんだから、自分もできるはず」

と、思っていただきたいんです。

ポーランドに来てから、自分でも全く予想していなかったことが次々と起きています。
奇跡のような出会いに感謝したと思えば、会社員時代には経験しなかったような壁にぶつかることも少なくありません。

人間、どこで何をしようと、辛さや苦しみの絶対量は変わらないんです。

それをリアルにお伝えするために、ただ「会社以外の働き方もあるんですよ」と主張するだけはなく、私は私自身で生き、その生き様を皆さんにお伝えしたいと思っています。

ゆきみん
ゆきみん
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。