ぐわあん、と視界が揺れるほどのことがあると、元通りに戻るのはなかなか大変。
元通り。これも、何を基準にしての元通り。という問題はありますが、心身ともに穏やかな普通の状態に復帰していく道のりは、なかなかに険しいものです。そんな状態でいられるのが、たとえ一瞬だとしても。
時間やエネルギーをたっぷり使い、少しずつ、少しずつ。
しかし振り返ってみると、これまでの人生で「ただの一人で」元通りになったことなんて一度もない。ゼロです。そこには必ず、人がいる。こんなに孤独を好む私でも、何人もの方の力を借り、今こうやって文章を書きながら、えっちらおっちら戻っている最中。
会社の先輩は私が個人相談サービスをやっているのを知っているのだけれど、以前「相談者さんは悩みに対して積極的。あの頃のあなたより随分賢いよね」と言っていて、ああ、ほんとだ、と。私はできなかった。
たまたま声をかけてくれた先輩のおかげで助かったけど、でも結構、ギリギリだった。
「適切な相談相手を見つけ出して、ちゃんと相談ができる人は本当にすごいよ」と先輩は言っていて、私もそう思う、そして私を適切な相談相手として選んでくれて、本当にありがとうの気持ちでいっぱいです。感謝してもしきれない。なんだか大変な今を生きてるけど私たち、少しだけ頑張ってみよう。
一度壊れてしまったものを元通りにするのは大変で、これってもう何回も何回もやってきたはずなのに、毎回全然うまくいかない。人間ってめんどくさい。マニュアルがない。とても複雑。「あの時はああやって立ち直ったから、今回もそれで」とはいかず、毎度毎度違う方法をやってみなければならず、それも失敗ばっかりで、諦めそうになって、死にたくもなって、でもなんとか生きてるよね、今。
私は思う、人生は前に進んでいくものではなく、戻ることだと。だから、自分の中の「普通」を知っている人は強い。一瞬でいい。ほんのひと時の、穏やかな自分を知っているということ。落ちようが上がろうが、帰ってくる場所を知ってる人は強い。そして帰ってこれる人はもっと強い。落ちるのも上がるのも、いいよ。いいんだけど、落ちっぱなしも上がりっぱなしも、それはとてもつまらない。というのはそこに「観察」がないからです。落ちた場所で、上がった場所で、じっとしているだけ。ただの地点。非常につまらない。その程度なら、映画や本などを鑑賞していれば良い。私は上や下に大きく振れたときに、そこから思考や感情がどんな経路を辿って普通に戻ってゆくのか、そこの観察をもっとちゃんとやりたいです。それが生きるということだと思います。
上や下でとてもよく休憩したら、またゆっくり戻ってくればいいよ。