日記

私の部屋は雨漏りする

私の部屋は雨漏りする

 

私が好きな本の中に、夏目漱石の『硝子戸の中』があります。
病気がちだった漱石が、小さな自室での日々を書いた随筆。

初めてこの本を手に取ったのは高校1年生の時だったと思う。なぜか分からないけど当時私はこの作品がすごく気に入って、どうだろう、国語の先生に「お、いいの読んでるね」と言われたのが嬉しかっただけかもしれないけれど。とにかくとても好きな本だった。

ただ、気に入ったのは内容や表現の豊かさというよりは作品のコンセプト、いや、もしかしたら単にタイトルに惹かれただけだったのかな、と最近になって思う。

 

私は私を変えることができない。これは、変えたいのにできない、ではない。ただ、変わらないというだけ。それなりにいろんな環境に身を置き、本を読み、旅をし、人と出会い、言語を学び、それでも、私は私のまま、この世に存在するしかなかったあの瞬間から今にかけて呼吸を続けていて、人に嘲笑われるようなつまらないプライドを守りながら、ずっと私を変えてこなかったし、これからも変わらない。それは、変わらない努力を、やっぱり、しているからだと思う。

 

私は、すごく小さな部屋だけれど、何も起こらない部屋だけれど、それでもとても大切にしている部屋で静かに暮らしている。そして時々窓から外を見てみる。外ではいろんなことが起きていて、こわいこわい、私は決して部屋を出ない、絶対に、ずっとここにいるんだ、と強く心に言い聞かせるのに、たまに自分でも分からない何かの作用によって、私もそこへ行ってみようか、見てみようか、と思ったりする。そして外に出て、どっと疲れて、足を引きずりながらなんとか部屋に戻ってくる。後悔もする。とてもする。もう二度と行かない、あんな思いは二度としたくない。それなのに、懲りずにまた窓から外を眺め、ああ、私も行ってみたい、関わってみたい、再びそう思って、行って、分かっていた通りに傷付いて、しかしそれをやめない。小さな部屋に一人は、とても寂しいから。疲れようが傷付こうが、寂しいよりは幾分良いと思って。それに、私には帰る部屋がある。

この部屋を、私はとても大切にしてきた。何よりも大切に。ただ、部屋には欠陥が多い。居心地は、正直あまりよくない。雨漏りはするし、風の強い日には古い窓が心配になる。でも、ぽつぽつと落ちてゆく雨粒や、カタカタと鳴る窓の音がとても好きだから、どんなに住みづらくても、直した方がいいと忠告されても、私はこの部屋をずっとそのままにしてきた。

鍵を閉めても、部屋にはたまに人がやってくる。どうしてこんな小さな何もない、雨漏りまでしている部屋にわざわざやってくる人がいるのか、あまり分からないけれど。でも、入ってきてくれたなら、私は一生懸命おもてなしをする。自分の部屋を出て他人の部屋に行くことが、どんなに体力を使うことか、どんなに怖くて勇気の要ることか、私には分かるから。

しかしやってくるのは、いい人だけじゃない。土足で上がってきて、部屋をめちゃくちゃにする人もいる。そんな時、私はどうすることもできない。汚されたら、掃除をするだけ。すごく汚れた時には、時間をかけて、元通りになるまで丁寧に掃除する。それに、たまには花を持ってやってきてくれる人もいる。そんな時、私の部屋は少しの間とても素敵になる。

私は私の部屋を出たくない。ずっとこの部屋で暮らす。もっと日当たりが良く、屋根も窓も新しく、安全面も心配ない、とてもしっかりした部屋もあるらしいけれど、それでも私はこの部屋から出るつもりはない。どんなに住みづらくても、ここからの景色をずっと見ていたいから。私が何よりも大切にしてきた、たった一つの場所だから。

 

 

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ゆきみん
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