5月に入ったばかりのこの時期は、春を残しつつもこれからやってくる夏を思わせるような雰囲気もあって、私はいつも少し不安な気持ちになってしまうのですが
皆さま、最近はいかがお過ごしでしょうか。
夏を前にドキドキと緊張してしまうのは、この夏を、暑さを、果たして自分は乗り越えられるかどうかの「うまくいかない可能性」を考えてしまうからで
「絶対にうまくいく」
と分かっている場合、人の心臓はドキドキなんてしないんですな。
運動会の100メートル走の前、あれはどうしてあんなに緊張するのかというとそれは「思った通りの順位を獲得できないかも」「転倒して大恥をかくかも」みたいな、そうした「うまくいかない可能性」を頭の随所で考えてしまうからで
人間関係もそう、苦手な上司の前でドキドキするのは恋してるからではなく、それは「うまくいかない可能性」を想定してしまうから。怒られるかも、否定されるかも、貶されるかも…と
最も、好きな人を前にドキドキする恋愛感情だって、「うまくいかない可能性」があるから私たちはドキドキするんだろうけど
戦争が起きている。
戦争が起きているのに。いや、起きているから?
ニュースでは、
「この戦争のせいで小麦の収穫が制限されます、よって食糧危機が懸念されます」
とアナウンサーが深刻な面持ちでこちらに語りかけるけど、この語りを真に受け取っている人たちはテレビの前にそんなにたくさんいるのだろうか?少なくとも彼は視聴者を信じて、そんな情報を欲していると信じて、大真面目に?
大阪のローカル番組では「小麦の値段が上がります。お好み焼きやさん、たこ焼きやさん、大変です」とまるで子どもに戦争を解説するかのように、でもそれはどうやら間違いなく大人に向けて発せられている様子。
こんなトンチンカンな状況、いつまで続くんやろか?
何がどうなればこの状況は終着するのか、そんな難しいことは分からない、でもなんとなく、ただひたすら時間が経てば、時間がこれを解決してくれるんじゃないかと思ってしまう時がある
私は常日頃から「人生ってなんて長いんだろう」と思っていて、これは聞く人によってはすごく嫌な気持ちになってしまうかもしれないから本当は言いたくないんだけど、でもとにかく私にとって人生はすごくすごく長い。
最寄駅で、昔自分が着てたのと同じ制服で歩いてる子たちを見かけると、もう何十年も前のことのような、もはやあれは前世だったような気さえする。人生って想像してたより長いんだということ、彼らを見るたびに思い出してしまう
「毎日を充実させよう」
と、生まれてこの方一度だって思ったことがない。
むしろ「早く時間が過ぎてほしい」と思うことが大半で、でもそれは何かの予定を楽しみにしていたり、将来に期待してるわけではなくて、ただ人生の終わりに一歩近づくこと(もしそんな方法で終わるのだとしたら、だけど)、そんなことに期待しているからかもしれない
だからはっきりとした理由をもって説明できないんだけど、最近は早く時間が過ぎればいいのにと、これまで以上に強く思っています。
ところで皆さんは「ボイジャー」を知っていますか。
ボイジャーは1977年にNASAが打ち上げた惑星探査機で、外惑星の鮮明な映像撮影の成功、新衛星の発見、木星、天王星及び海王星に環があることなどなど、既に地球人に多くの知見を与えてくれた探査機です。
で、このボイジャーには、
「地球の音」
というレコードが搭載されてるんですって。
ボイジャーのゴールデンレコード (Voyager Golden Record)。
このレコードには、
・鳥や鯨など動物の鳴き声
・波、風、雷など自然の音
・様々な文化や時代の音楽(日本からは尺八本曲)
・55種類の言語のあいさつ(こんにちは、お元気ですか?)
・スーパーマーケットにいる女性の写真
・人間の食事の方法を表した資料
・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』第三巻
こんなものが収録されているそう。再生するための針と一緒に、地球外生命体や未来の人類が見つけて解読することを期待してね。
ただし、ボイジャー探査機が太陽以外の恒星(1.6光年離れた地点)へ到達するには4万年もかかるんだって。
だからもしボイジャーの方向に地球外生命体がいたとして、そこで誰かが(何者かが?)地球からのメッセージを受け取ったとしても、少なくとも今この時代に生きている私たちがそれを楽しみにワクワクできるようなイベントではないらしい。
ゴールデンレコードを受け取った生命体は、思うんだけど、きっと地球を
「心のやさしい生命がいるところ」
だと、そうやってひとまとまりに信じるんじゃないだろうか。
レコードには、戦争があったことも、凶悪な事件や犯罪も、人々の間に日々生じる苛立ちや悲しみ、苦悩、そんなものについてがゴッソリ抜けていて
美しい自然の音色や「こんにちは、お元気ですか?」と相手を気遣う挨拶(その生命体が解読できればだけど)、そんなものだけ、本当にそれだけが、遠いところから送られてくるんだよ。きっといろいろ期待しちゃうんじゃないかな
でも、本当にこれは綺麗事かもしれないけど、地球はそうあった方が、ゴールデンレコードがあちらに届く前に「心のやさしい生命がいるところ」の地位を獲得した方が、なんとなく、いい気がする。
違う国だとか価値観が違うだとか、そんなことで、隣にいる人とさえコチョコチョと揉めたり争ったりする私たちだけど
いつか出会ってくれる、でもすごくすごく怖い存在かもしれない未知の生命体を前にした時、地球人は地球人でしかないのだから。
私が誰かに対して、少しだけ憎いと思ったその感情は、結局のせていってもらえなかったんだから。
私は人生を長いと思う、本当に本当に長いと思う。
でもボイジャーは。
ボイジャーは、まだ地球人が見たこともない、想像もできない場所に向かって、ただひたすらに暗い宇宙空間を、4万年もたったひとりで飛び続ける。4万年後だって、安全なところに到着するとは限らない。その後もずっと飛び続けるのかもしれない。
何かに期待したり、ワクワクしたり。そんな気持ちはなくて、むしろ「うまくいかない可能性」にドキドキしながら、今も宇宙にひとりっきりで。
ボイジャーに色々を刻んだレコードを搭載したのは、そこに人々の「期待」があったから。でも私たちはついにそれを確かめることができないから、これはとっても曖昧な期待です。
実際にそのレコードを作った人たちはさ、ワクワクはしたかもしれないけど、ドキドキはしただろうか?「うまくいかない可能性」に緊張しただろうか?
届いた先の地球外生命体が悪者だったら?
一方的にこちらの情報を差し上げて、地球に何を仕掛けてくるか分からないのに。そうなったら、もしレコードの存在が悪い方に働いたら、4万年後の地球人は私たちを恨んでも恨みきれない。
でも、どうだろう、それでいいのかもしれない。そのくらい、雑で。
だって、期待した先に、不安の先に、一体何があるというのだろう?
何もない。何もないんだった。最初から私たちには何もないことだけが与えられているのであり、「何かを求めて生きる」なんてのは、人間が死ぬまでの時間を生きやすくするために、現実を直視して死んでしまいたくなるのを防ぐために、必死に考え出した幻想に過ぎないのかもしれない。
人生において「前に進む」とかも、これまたすごく概念的というか無理矢理な話で、本来人生には前も後ろもなく、ただ今この時を必死に生きるとか、余裕があれば味わう、それ以上のことを求めたり反省したりするのはものすごーく贅沢なことなのかもしれない。
焦るなんて、一体何に焦るんだろう。
地球の情報を伝えるために地球の要点をまとめたレコードには、私たちが今抱えている不安については何も刻み込まれませんでした。
美しい音色、人の姿、動き、やさしい言葉。
それだけで十分だったみたい。
この事実に安堵すると同時に、私は今、少しだけ寂しい。
以前書いたnote