コラム

たった一つの特技が「使えないもの」だと気付いた話

プライドを捨てる

 

「エッセイを書くのが得意です」

これは、私が就活中にただ一つの特技として披露していた文言です。

他にできることが何もなかったのと、学生時代にエッセイのコンテストでいくつか賞をもらったことがあったからです。

 

でも、私はこの特技が会社でどう活きるのか、まったく想像がつきませんでした。

面接に

「御社の広告を作ってみました」

なんて言って、

見よう見まねで書いた意味不明なキャッチコピーと、ボディコピーらしき散文を並べた、今では目も当てられないようなシロモノを作って持ち込んだりしてました。

これが功を期したのかどうかは謎ですが、そんなことをしてたら某メーカー会社が拾ってくれました。

 

入社後は希望通り広告関係の仕事をさせてもらいました。

ただ皆さんのご想像通り(私は想像できてなかった)、

「エッセイを書くための文章力」と「広告表現のための文章力」では、求められるものが全く違います。

 

ちなみに、「エッセイを書くための文章力」と「ビジネスメールを書くための文章力」もまるで違います。

 

私はこのギャップに随分苦しみ、

「どうして書きたいことが書けないの?」

とよく怒っていました。(笑)

 

でも残念なことに、会社は

「あなたが書きたいことを書いてね」

なんて、みじんも思っていないんです。

 

というか、はっきり言ってしまうと、よほどのプロや著名人でない限り

「エッセイを書くための文章力」

が社会で求められることって、ほぼ皆無です。

 

今でこそブログでエッセイを書いても誰にも怒られないので(会社ではそんな文章を書いてよく怒られてた)、好きに書いてるし

以前noteで書いた文章には、ありがたいことに感想を送ってくださる方までいらっしゃいました。

 

ただ、わざわざ私の書いたエッセイを読んでくださる方なんてめちゃくちゃ稀です。
自分が考えていることをそこまで知りたいと思ってくれる方を見つけるのは、かなり難しい。

 

それはひとえに、ふつう人は「役に立つ情報」を求めて文章を読むからです。

文章を読むには時間もかかれば集中力も必要です。

その労力を費やして読むからには、なんでもいいから「役に立つ情報」が欲しい。

もしくは圧倒的な文章力でワッと言わせて欲しい。

 

当然のことだと思います。

 

 

「エッセイを書くための文章力」と「メールを書くための文章力」の話をしましたが

「ブログを書くための文章力」もまた、これらとは全く異なる文章力だと思います。

エッセイを書く時のように表現にこだわり過ぎると、情報が伝わらない。
メールのように業務的過ぎると、気持ちが伝わらない。

私は「ブログを書くための文章力」を身につけるのに、かなり時間がかかりました。

関連記事:会社辞める決意をした私が、定時退社後にゴソゴソやってたことを振り返る

 

エッセイでもビジネス文書でもない文章。
書き方をどう切り替えればいいのか、なかなか掴めなかったんです。

 

 

そんなわけで今日は何が言いたかったのかというと、

「得意なことこそ、プライドを捨てて一から学ばんといかんな」

ということです。

 

一見似通った分野でも、天と地ほど求められる能力が違うことは結構多い。

 

今回は文章力を例にあげましたが、これは何に関しても言えると思います。

イタリア料理が得意な人が和食レストランを開けないのと同じです。

 

イタリア料理が得意だからといって和食料理が得意とは限らないし、

和食料理も得意だとして、お店を開いたところで利益を出せるとは限らない。

レストランで利益を出すには別の能力が必要です。

 

得意なことこそプライドを捨てるのは勇気がいりますが、思い切って捨てることで、また違った景色が見えてくるかもしれませんね。

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ゆきみん
ゆきみん
大手メーカーを4年で退職、「会社辞めても楽しく暮らしていけるよ!」をお伝えしたくて、ブログを書いています。